肥後国生活日常

肥後国での日常や、適当な創作。遅々として更新中の予定。

ハガキに特化したラジオ番組って、何かあったなと思いながら、
「はがきでこんにちは」(スポンサーは日本香堂、毎日香とか青雲の会社)
ってあるよねって思いながら、そういえばRKKで聴かないなって思ってのです。

そして、検索したら、そもそも、全国放送じゃんかった件。

マジか。

東海三県以外にも、ハガキが採用されているから、

全国で放送してると思っていたのにな。

どうやら秋田、岡山、福島、中部(愛知、岐阜、三重、CBCラジオが聴ける範囲)、
福井、福岡、高知。山形だけだったのね。確か、長寿番組のはずです。

さて、エジプト神話に、シヌの物語がある。神話というより物語といって方がいいかもしれない。
物語は、アメンエムハト一世の死で始まる。
エジプト史を知らないオイラにとっては誰だよ状態ですが。

王の死後、何故か、シヌは身の危険を感じて逃亡する事から物語は始まる。
何故かは一切説明されないのが不思議だが。
各地を放浪するシヌはある時、
喉の乾きに襲われる

「私は苦しくなり、喉の乾ききってしまった。私は言った「これは死の味だ」

この表現がいい。そしてシヌは放浪後、レテヌーで有力者となり活躍するのだが、
それでもエジプトの思いが断ち切れず、ずっとエジプトに戻りたいと思っていた。

その後、エジプト王より使者がきて、
しっかりと埋葬するから帰って来い的な書状がきて帰る事を決意するって流れ

面白いのが、王が埋葬を約束する事や、エジプト国内で亡くなる事が重要みたいで
エジプト以外で死去するのが、当時の人々には考えられない事だったようだ。

物語の中には歌もあり、内容も起伏に飛んでいる。

今日12日は「半ドンの日」との事。
半ドンは、昭和生まれには懐かしく、平成生まれにはどうなんでしょうか。
まあ、土曜日は半日で仕事や学校も終わる事なんですが。

半ドンが始まるのは、明治9年(1876)の3月12日からで、
元々、正午を知らせるために皇居で空砲を撃っていたのです。

これが午砲(ごほう)と呼ばれていたようで、
庶民には、空砲の音がドンと聞こえることから、ドンと呼ばれ親しまれたとの事。
で、土曜日はドン共に仕事が終わるから、半ドンって呼ばれるようになったようですよ。

小学生の頃は、半ドンで家に帰って、
母と一緒にカップラーメンとか食べながら
「女の60分」とか見ながら、お昼を過ごしていました。
そして、父が帰ってきたら、相撲中継を見ていましたよ。

そんな思い出がある昭和世代です。

自炊も飽きてきてが、作らないと食べるモノがないので作るしか無いという。外食だと金がかかるし、コンビニとかだと胃にダメージが大きく体調崩すからです。

さて、まあ料理のレパートリーもないので、簡単なモノしか作れません。
というわけで今日は、トンテキ風丼を作りましたとさ。

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トンテキのタレは、醤油、みりん、酒、砂糖から作りました。まあ適当です。

美味しく出来ましたよ。同じ味の再現は無理ですけど(おい
 

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