ずっと左肩辺りが貼ってる感があるだけど、なんだろうな。

さて、劉表について調べていると、正史・三国志「劉表伝」では八俊。後漢書「劉表伝」では八顧。同書「党錮伝」では八及と呼ばれたあるのです。

これは、名士層が、それぞれの評価をして名付けたと考えられるのですが、それが後漢書、同書でも呼ばれ方が違うとは、なんだんでしょうね。

因みに、後漢書によると、
八俊とは「人の英なるを言うなり」だそうで、人として優れているという意味かな。

八顧「能(よ)く徳行を以て人を引(みちび)く者を言うなり 」とあるので、まあ、そのままの意味でしょう。

八及とは「其の能く人を導きて追宗せらるる者を言うなり」とあるのですが、追宗ってなんでしょうか。よく分からないですね。

注があるのですが、そこには「
導きは引(みちびき)なり」となり、導き=引なんでしょう。「宗とは、宗仰(そうぎょう)せらるる所なると謂う」とあります。

宗仰が、イマイチ分からないので、検索してみると、「宗仰とは、多くの人が崇め尊ぶ。敬慕(けいぼ)する」とあるので、敬慕されたという認識でよさそうです。

意味的には、「人を導いて、敬慕された者」でしょうか。何となく意味は分かるけど、はっきりと分からない状態が続きますね。中国語辞典でも購入すべきかね。